科学研究費についていくつか

    昨今科学研究費に関する関心が高まっています。15年ほど前に5年かけて行われた大型科研「グローバリゼーション時代におけるガバナンス変容」(山口二郎教授代表、2002-2006年)にも注目が集まっているようです。良い機会なのでいくつか述べたいと思います。

    まず振り返ると、この時期、じつに活発に学術活動を行っていました。フレームワーク・セミナーという内部の研究会を立ち上げ、ガバナンスの概念から実際の統治形態の変容まで、夜遅くまで議論が続きました。それは、いまも血となり肉となって残っています。その内輪の議論は、公開のワークショップやシンポの下地にもなりました。ガバナンスの概念については、(当時初来日だった世界的な学者である)Philippe Schmitterを呼んで来たり、Guy Petersと議論したり。また、(故)Grant Jordanと地方分権について、Mike Douglasとケア労働者と親密圏のグローバル化について、またStefano BartoliniやMichael Keatingといった良質な学者を呼んで補完性原理やデモクラシーの変容について議論したり、といった具合です。私の担当はグローバル化の実態解明でもあったので、世界保健機関(WHO)関係者と感染症について公開ワークショップを開いたり、世界標準についてその形成過程に迫る研究会を組織したり、マネロンや海外送金あるいは東アジアの通貨協力についてヒアリングしたり、欧州統合の歴史的な分析に乗り出したりと、学問的な意味で、本当に自由に発想し、この分野の研究を進めるために、ありとあらゆることをやった時期だと感じています。その断片は、http://lex.juris.hokudai.ac.jp/global-g/symposium.htmlなどにまだ情報が残っています。

    次に、これらはいわゆる「やりっぱなし」ではなく、書籍やブックレットなど数多くの公刊物=パブリケーションにつながりました。これは成果を公開し、社会に還元するという意味で大切なことだと考えていましたし、いまもそうです。メンバーや協力者の専門が多岐にわたるのですべてを紹介できませんが、私の場合、一番記憶に残っているのは、あわせて1200頁を超える書籍である『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史』(名古屋大学出版会、2008年)です。これは、いまヨーロッパ政治外交(史)研究の中核を形成している研究者が油の一番乗った時期に、おそらく一世代は乗り越えられないであろう(世界的な)仕事をした実例だと自負しています。この研究は、本大型科研プロジェクトをはじめとする公的助成がなければ決してできなかったものです。他にも、先述したグローバル化研究は、『グローバル・ガバナンスの最前線』(東信堂、2008年)、『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(有斐閣、2010年)などの先駆的な研究成果につながりました。私の編著ではありませんが、緒方貞子・半澤朝彦編『グローバル・ガヴァナンスの歴史的変容―国連と国際政治史』(ミネルヴァ書房、2007年)もこの研究の成果です。以上は私の専門に近いものですが、他にも福祉ガバナンスやデモクラシーについて、多くの公刊物があります(英語での発表も含め、概ね以下にリスト化されていますhttp://lex.juris.hokudai.ac.jp/global-g/res_pub.html)。

    この共同研究プロジェクトの時期に店(幅)を拡げ、博士課程とは異なるもう一段深い蓄積をすることがなかったら、その後に取り組んだいくつかの主要業績、『統合の終焉』(2013年)、岩波シリーズ「日本の安全保障」(全8巻、2013-14年)、『欧州複合危機』(2016年)は不可能だったと確信しています。

    最後に、この研究プロジェクトは、若手研究者を育て、学術ネットワークを広げ、資料インフラを形作りました。ご迷惑になるかもしれませんので実名は記しませんが、Mさん、Tさん、Iさん、Hさんなどいまや学術界の中枢を担っておられる優秀な研究者を研究員等で採用し、博士号取得前後から就職までの(一般に若手にとって苦しい)時期に給料を出し、将来のキャリアにつなげる役割を果たしていました。またグローバル化研究ネットワークという世界的な組織にも創立時から参加し、そのつながりは今も残っています。さらに、ヨーロッパ統合史総覧や東アジア行政文書などの史料や大都市・地方に関する世論調査など、資料的なインフラ作りも前に進めました。

    こうした成果はそれなりのものだったのではと自分では考えていますが、客観的な評価は学術界、そして広く社会の手によってなされるべきと思います。ここでは、このファンドに恵まれたことによって現在の自分の研究や教育の基盤が形づくられたことに深く感謝していることを申し添えたいと思います。

    (了)
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    かけんひ

    理系は、文系として科研費をもらうことだね。ただ、無駄遣いはできないけどね。研究にはお金がかかるからね。

    No title

    科研費で負担できる学者招聘費用は、札幌で一人5泊として多めの概算でこんなところですか?欧米からの招聘として。
    ・航空券ビジネスクラス:70万円
    ・ホテル:1泊3万円×5泊で15万円
    ・講演料:10万円
    ・接待費:2万円×5回で10万円
    ・タクシー券:5千円×10回で5万円
    計110万円 これで10人呼ぶとやっと1100万円

    査読付論文について

    当該研究では、日本政治学会の英語版年報への多数の論文掲載を成果としています。 日本政治学会誌への投稿も査読はあります。 ただしSSCI(citation index)雑誌ではありません
    日本政治についてのSSCI雑誌はケンブリッジ大学が年報を出しています。
    もちろん、SSCI論文でないからといって水準が低いことにはなりませんが、論文の注目度が客観的に示されるSSCI雑誌があるのだから、そこへの投稿がなされて然るべきと思います。
    細谷雄一先生によりますと、日本政治研究は中国などアジア諸国の先例としても重要とのことですから、研究の基盤整備ということなら、まず日本政治学誌が、また日本国際政治学会誌もSSCI対象誌となるべきです。

    えっ、これが科研費億単位で受け取ってる研究の成果?

    研究成果としてインターナショナルな査読付きの学術論文がほとんどないように見えるけど、何かの間違い?
    それとも文系だと、研究って、こんなもんなの?

    そうだとしたら研究成果の妥当性はどうやって確保されてるの?

    No title

    デモクラシーの変容、WTOにマネロン調査など…具体的に列挙しておられる調査対象の性格があまりに飛びすぎていて、残念ながらほかのコメントでも寄せられているように無理に「グローバル化」でくくったものを、あれこれと混ぜ込んでいるだけの印象です。
    また国外で?ヒアリングや国内での調査をされたとのことですが、どれくらいの規模・件数で、誰を対象に調査をされたのか、またその調査方法においても明確にされるべきだと思います。せっかく調査を行ったとしても、その取材に関しての詳細を明確にされなければ、それを論証させるだけの裏付けには使えないと思うのですが、いかがでしょうか。
    特に、査読なしの出版物を成果であると、自負しているとまでおっしゃるあたりが、理系分野の研究者からしてみればこれが多額の科研費で行われた研究成果なのかと懐疑的にとらえられてしまう部分なのだと思います。
    科研費を用いての調査結果やそのまとめとしての出版が具体的にどのように自他の研究に有効なものとして発展的に活用されているか、具体的に明示されてしかるべきかと。

    成果の意義

    あなたはは多数の書籍を発表したことをもって成果としていますが、書籍はは査読を受けません。極端な話、全編虚構でも構わないものです。
    故に科学の世界では査読付きであるか否かが重要視されます。
    もし、発表した書籍の学術的価値が高いというのであれば、査読付き論文誌における被引用数や高評価を受けた論文での肯定的引用の具体例などを示す必要があるのではないですか?
    具体的で検証可能な根拠がないので、あなたのご主張はただの自画自賛と区別ができません。

    また、海外研究者の招聘に用いているとありますが、自然科学分野では国際学会などでの懇親会やメール、SKYPEなどのビデオ通話で多用することで費用を抑制しています。
    こういったことを行わず、費用負担を行ってまで招聘必要であったというのでしょうか?

    この他、多数の人を用いての調査で多額の費用が掛かるというなら、その調査そのものも学術的価値が高く、適切な匿名か処理によって他の研究への流用もできると考えますが、調査結果のデータ公開、共有は行わないのでしょうか。

    素朴な疑問

    そのための科研費の配分はいくらで、そのような活動の費用が具体的な積み上げでいくら必要だったのですか?数千万円かかる内容には見えません。
    また、科研費以外で賄われている費用はなかったのですか?

    No title

    当該科研助成対象研究は、実は異なる領域の研究テーマを「グローバル化」でくくって大きな予算としたものと受け止めています。 グローバル化や統治について、共通の概念をつくるまでが各領域に重なる部分となります。 さて、果たしてどのような共通概念が形成できたのか、その概念が各領域における以後の研究に活用されているのか、端的に理解できる資料を指図いただければ幸いです。
    次に、北海道と首都圏での意識調査ですが、この調査自体が、後続研究や官庁等の研究会で活用されているのでしょうか。 これも事例を指図いただければ幸いです。
    個人的には、各領域別に助成申請するのが研究の独立性や個別評価の点で望ましく、敢えて当該研究のような申請をせざるを得なかった事情があれば、それを社会に問うことこそ、将来の研究発展に寄与するものと思料します。

    よく分かりません。

    それだけの血肉に変わった成果の割には、ちっとも具体的でない日記書かれても、見てる方はさっぱり理解出来ません。

    国民が知りたいのは、きちんとした証拠に基づいた根拠です。

    他の研究者のためにも、研究費の会計においては早期に証拠を出して、国民に納得してもらいましょう。

    科研費はいくら受領されたのでしょうか?

    修士課程の時、担当教員の助手が科研費60万円を受領し、オオガタケイサンキセンター等の利用に役立ちました。
    科研費の必要性は認めますが、費用対効果を考えたいと思いますので、受領した科研費を教えていただければと思います。
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    遠藤 乾

    遠藤 乾 (えんどう けん)

    北海道大学法学部、法学研究科、公共政策大学院教授(国際政治)

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