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    9/11から10年:「弱含みの極」の苦悩―試される欧州

    以下は、9/11の10周年を期して共同通信社から依頼された論考
    「「弱含みの極」の苦悩―試される欧州」です(9月5日脱稿)。
    私が欧州を担当し、米国(渡辺靖氏)、イスラム(山内昌之氏)の3部構成で、
    河北新報(宮城)・信濃毎日(長野)・山梨日日に9月8日、静岡に9日、高知に10日付で掲載。

     世界貿易センターから伝わってきた衝撃波は、10年前の欧州をも強く揺さぶった。
     仏紙ル・モンドが9・11直後に「われわれは皆米国人」と連帯感を表明した時、それは本音だったろう。100人超の欧州連合(EU)市民もまた犠牲になっていた。理由が何であれ、テロという暴力への嫌悪もあった。北大西洋条約機構は、これを加盟国全てへの攻撃と断じ、初めて集団的自衛権を発動した。
     しかし、それ以降ブッシュ米政権が見せた攻撃性は、米欧間、そして欧州内を分断した。最大の原因は2003年春のイラク侵攻である。もとより「対テロ戦争」とイラク侵攻の間には大きな隔たりがあったが、ネオコン(新保守主義者)の影響下にあった同政権は、それを軽々と乗り越えていった。フランス、ドイツなど中核的な大陸諸国はこれに反対を貫いたのに対し、英国や旧東欧諸国は賛成・派兵し、深い溝ができた。
     当時、ラムズフェルド米国防長官は前者を「古い欧州」と呼び、後者と分け隔てた。これは、第2次大戦後一貫していた米国の欧州統合支持と好対照をなす。同様に、米国が依拠した「有志連合」は、長らく米外交の基幹だった「同盟」とは異なる道の選択を意味した。これらは、大西洋同盟と欧州統合の共生の中で生きてきた西欧諸国にとって重大な変化だった。
     ことは世界秩序に及んだ。そもそも米国が攻撃され他に助けられた9・11は、米国が他を助けるという長年の構図を逆転させた。また米国がイラク侵攻を国連安全保障理事会で正統化し損ねたことは、その一極支配を没落させるきっかけとなった。米国が持っていたある「正しさ」イメージは、グアンタナモやアブグレイブ基地での捕虜の拷問でもそがれた。
     その後も、ハリケーン「カトリーナ」が米社会に、サブプライム住宅ローン問題とリーマン・ショックは米経済に深い疑念をもたらした。後に登場したオバマ大統領は「正しさ」を部分的に回復させたが、長い目で見たとき、これらが現在の多極化を後押ししたといえる。
     ポスト一極集中の時代にあって、欧州はEUの枠で域内平和を確保し、一国では確保できない影響力を共同で引き上げてきた。そして02年にユーロが流通を始め、04年には加盟国が25に拡大(現27カ国)、欧州統合は新段階に入った。
     しかし、05年にフランスとオランダの国民が欧州憲法条約の批准を拒否し、08年以降の世界恐慌がギリシャ等の支援をめぐってユーロ圏内の隠れた断層を顕在・活性化させた。こうして現在、欧州は域内における遠心力の制御に苦慮し、世界経済の不安定要因となっている。結局、多極化のより強力な推進主体は、欧州というよりもむしろ中国などの新興国だった。
     「弱含みの極」としての欧州は、ユーロ以外にも内憂を抱える。9・11との関連では、いわゆる内生的(ホーム・グローン)テロリズムが悩みの種だ。04年のマドリード、05年のロンドン同時多発テロは、それぞれスペイン、英国で生まれ育ったイスラム系自国民によるものだった。それに対し、監視カメラを増やし、多文化主義を後退させ、イスラム文化を抑圧するアンチ・リベラルな傾向が強まった。今年7月に起きた、キリスト教徒のノルウェー白人青年による連続テロも、広範に広がるイスラム嫌いの風潮と無縁ではない。
     9・11の余波は、今なお続く。
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    遠藤 乾

    遠藤 乾 (えんどう けん)

    北海道大学法学部、法学研究科、公共政策大学院教授(国際政治)

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