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    空井護「現代民主政1・5ー熟議と無意識の間」『アステイオン』2012年第77号を読んで

    空井護「現代民主政1・5ー熟議と無意識の間」『アステイオン』2012年第77号は、日本のデモクラシーを見つめて来た論者の渾身の一作。

    ルソーを使って無意識を議論の中心に据えた東浩紀氏の『一般意志2・0』の問題設定を承けた上で、空井氏は無意識と意識を往還し熟慮(熟議でなく)する市民像を提示する。

    それは、意識的コミュニケーションを賭ける熟議民主主義に対する違和感の表明であるのと同時に、無意識を技術的に政治に媒介できると前提する無邪気な東風一般意志への懐疑ともなる。

    それだけでも十分面白いのだが、空井氏はそこに留まらず、以前から構想展開していた氏のデモクラシー論・代表論に接続している。

    現代民主政では、政治的決定者は無意識含めた「空気」(事前のマニフェストでなく)をきっちり読んだ上で決定する様求められており、市民はその決定を「自分のものとする」(ホッブズ)ことができるか熟慮する。

    その熟慮の上で、市民は、事後的に、選挙を通じ、政治的決定者が代表であり続けるかどうか決済する。これが、意識に過剰に期待する(1・0)でもなく、無意識に賭ける(2・0)でもない、日本で実現可能な1・5のデモクラシーなのである。

    興味深いのは、熟議デモクラシーとは違う意味で、市民(の熟慮力)への期待が高い水準で設定されていること、かな。

    一読の価値あり。

    ちなみに、日本のデモクラシーに関する私と空井氏との対談は、以下でお聴きいただけます。
    http://www.ustream.tv/recorded/19332745
    (解説は以下:http://endoken.blog.fc2.com/blog-entry-32.html



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    遠藤 乾

    遠藤 乾 (えんどう けん)

    北海道大学法学部、法学研究科、公共政策大学院教授(国際政治)

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